心の変化は脳の変化
心の動きや感情の起伏のメカニズム。最近、ストレスは霊長類で最も発達している大脳皮質前頭前野(前頭前野:図1)にも影響を及ぼし、高度な精神機能を奪ってしまうことが分かってきました。
嬉しい、楽しい、悲しいなどの感情
心の動きや感情の起伏は、どのような仕組み、いわゆるメカニズムでで起きているのでしょうか、考えたことがありますか?
「うれしい、悲しいといった感情は、そのときの気分がつくっているのでは」「落ち込んだり、心がふさいだりするのは、ストレスが原因」このように思っている人が多いのではないでしょうか。しかし心や感情は、脳がつくつているのです。
脳には、経細胞が集まっていて、それぞれの細胞は固有の神経伝達物質によって情報伝達がおこなわれています。そのなかに感情や感覚を伝える神経細胞もあるということです。
感情や感覚の伝達を受け持っているのは、興奮系の神経細胞、抑制系の神経細胞、そして調整系の神経細胞です。この3つの神経細胞のバランスによって、心はさまざまな状態になり、感情も湧き上がってくるのです。
3つの神経細胞の関係は、昔懐かしいおもちゃ「やじろべえ」をイメージするとわかりやすいかもしれません。中央の支点で左右に伸びた重しを支え、微妙なバランスをとるおもちゃがやじろべえですが、興奮系の神経細胞と抑制系の神経細胞が左右の重し、支点に当たるのが調整系の神経細胞といえます。
心や感情が安定している状態では、興奮系の神経細胞と抑制系の神経細胞、調整系の神経細胞から分泌される神経伝達物質が、それぞれ適量でバランスがとれています。やじろべえは左右どちらにも傾かず、水平を保った状態にあるわけです。
心が穏やかで気分がよく、光や風のそよぎも心地よく感じられ、食べるものはなんでもおいしいと感じます。身体の調子もよく、動きも軽快です。
そんな心身状態にあるとき、脳の神経伝達物質のバランスはもっとも調和しているのです。
ところが、脳のなかで神経伝達物質のバランスが崩れると、心や感情に変化が起きます。悲しみに沈んだり、怒りが込み上げたり、不安が渦巻いたり、イライラが高じたり…ということになります。そうした心や感情の変化はすべて、脳内物質(神経伝達物質) の状態をそのまま反映しているということです。
うつ症状の治療に使われる薬も、脳内物質のバランスが心や感情をつくるということを前提にデザインされています。たとえば、抗うつ剤は、うつ状態をつくり出している脳内物質のバランスの崩れを整える、つまり、やる気を出す物質を脳内に増やすようにデザインされています。
ヒトを対象とした研究により、ストレスに対する脆弱性は遺伝的背景や過去のストレス経験などが原因であることが分かっています。
ドーパミンとノルアドレナリンによって高次認知に必要な前頭前野の回路が停止しても、通常はこれら神経伝達物質の分解酵素が働くため、機能停止は長くは続かず、ストレスが軽減すれば元の状態に戻ります。
しかし、遺伝的にこれらの酵素の力が弱い人はストレスに弱いようです。さらに、慢性的なストレスにさらされると、扁桃体の樹状突起(神経細胞から枝状に伸びて信号を受け取っている突起)が拡大する一方、前頭前野の樹状突起は萎縮します。