降圧剤の脳卒中予防効果
高血圧は「サイレントキラー」とも呼ばれ、自覚症状がないまま血管を蝕み、やがて心筋梗塞や腎臓病、そして最も恐ろしい合併症の一つである脳卒中を引き起こす最大の危険因子です。しかし、適切な降圧剤による治療は、この脳卒中リスクを大幅に低減し、私たちの健康と生活を守る上で極めて重要な役割を果たします。
高血圧は「危険」であることをしっかり意識することからはじめる
高血圧が脳血管障害のリスクを高めることから、降圧薬によって高血圧の治療をすると、脳血管障害の予防にもなることが明らかになっています。
日本では、高血圧と最も関係が深いとされる脳卒中が、死因の第1位であった時期が長く続きました。
しかし、1970年ころから脳卒中で亡くなる人は減少し、現在ではピーク時の約半分となっています。これには、ほかの要因も考えられますが、1950年代に登場した降圧薬の役割は大きいといえるでしょう。
一方で、脳血管障害を起こしたことがある人が、降圧剤を使用した場合の再発予防効果についてはわかっていませんでした。そこで行われたのが、国際的な大規模臨床試験です。
この臨床試験は、ヨーロッパ諸国とオーストラリア、日本、中国の10カ国が参加して、過去5年以内に脳卒中や脳梗塞、一過性脳虚血発作を発症した6105人の患者を対象に行われました。
血圧値は条件とされなかったので、患者の約半数には高血圧はありませんでした。そして、これらの患者に降圧薬を平均4年間使用して観察した結果、脳卒中の再発率が28% 低下することが認められたのです。
つまリ正常血圧の人でも、降圧薬を飲むことで脳血管障害の再発が抑えられたということになります。
正常血圧の中でも血圧をより低い数値で維持したことが、脳血管障害の再発抑制に直接的な効果を与えたのかどうかははっきりしませんが、降圧薬が脳血管障害の再発予防に役立つということは明らかになりました。
降圧薬が血圧の低下と、脳卒中後の認知症や認知機能低下の発症を抑えることもわかりました。日本では欧米と違って、アルツハイマー型よりも脳血管性の認知症が多くなっています。また、脳卒中は減少したものの、脳梗塞の割合が増えてきています。今後の課題を考えるうえでも意義は大きいと言えます。
日本でも、1961年から研究が続けられていますが、大規模臨床試験のほとんどは欧米で実施されたものです。日本独自のエビデンス(科学的根拠) 確立のためにも、今後も日本人を対象とした大規模臨床試験が必要とされるでしょう。
高血圧の治療に使われる薬についてはこちら
日頃から高血圧・脳卒中を予防するような習慣が重要です。降圧剤が脳卒中を予防するメカニズム
降圧剤が脳卒中を予防する主なメカニズムは以下の通りです。
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血管への負担軽減:
高血圧の状態が続くと、血管の内側に強い圧力がかかります。これにより、血管の壁は次第に厚く硬くなり、動脈硬化が進行します。動脈硬化が進んだ血管は、詰まれば脳梗塞に、破れれば脳出血やくも膜下出血につながります。降圧剤は血圧を適切なレベルに下げることで、血管にかかる負担を軽減し、動脈硬化の進行を抑えます。
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脳血管の破綻リスクの低減:
特に脳出血やくも膜下出血は、高い血圧が直接的に血管を破裂させることで発生します。降圧剤によって血圧をコントロールすることで、これらの出血性脳卒中のリスクを大幅に減少させることができます。
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脳梗塞のリスク低減:
高血圧は脳梗塞の主要な原因の一つでもあります。血圧が高いと、血管が傷つきやすくなり、そこに血栓ができやすくなります。降圧剤は血圧を安定させることで、脳梗塞のリスクを低下させます。
降圧剤による脳卒中予防効果のエビデンス
大規模な臨床試験により、降圧療法が脳卒中の発症および再発を抑制することが明確に示されています。
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一次予防(脳卒中になる前の予防):
高血圧患者において、降圧剤による適切な血圧管理を行うことで、脳卒中の発症リスクが有意に低下することが明らかになっています。
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二次予防(脳卒中を起こした後の再発予防):
脳卒中を経験した患者さんにおいても、降圧剤を用いて血圧をコントロールすることで、脳卒中の再発リスクを大幅に減少させることが示されています。大規模な研究では、降圧療法により脳卒中再発が27%減少したという報告もあります。
降圧目標値
日本高血圧学会のガイドラインでは、脳梗塞慢性期における降圧目標値について、個々の患者さんの状態によって異なりますが、一般的には130/80mmHg未満を目指すことが推奨されています。ただし、過度な降圧はかえって脳梗塞の再発リスクを上昇させる可能性(Jカーブ現象)も指摘されており、患者さんの病態や併存疾患を考慮した個別の目標設定が重要です。
降圧剤の種類と脳卒中予防効果
降圧剤には様々な種類がありますが、主なものとしては以下の薬剤が挙げられます。
- カルシウム拮抗薬
- ACE阻害薬
- アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)
- 利尿薬
- β遮断薬
これらの主要な降圧薬は、いずれも脳卒中予防効果が期待できます。特に、脳血管障害の患者さんにはカルシウム拮抗薬が用いられることが多いですが、患者さんの状態や合併症によって最適な薬剤が選択されます。
重要なこと
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高血圧の治療は、脳卒中だけでなく、心筋梗塞や腎臓病などの心血管病全体の発症予防にもつながります。
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降圧剤は一度飲み始めると継続が必要なことが多いですが、これは高血圧を放置することで起こる重篤な合併症を防ぐために不可欠な治療です。
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降圧剤の選択や用量は、患者さんの状態や病歴に基づいて医師が慎重に判断します。自己判断で服用を中断したり、量を変更したりせず、医師の指示に従い、定期的な血圧測定と診察を受けることが非常に重要です。